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「再生」

振り返れば、苦しいことばかりの人生だった。

そして今も、決して楽になったわけではない。けれど、昔とは違う。同じ「苦しい」でも、今は一人の人間として苦しむことができる。


始まりは、ごく普通だった。

「大切にする」「幸せにする」そう言ってくれた言葉を信じていた。

けれど、気づけば私は、相手の機嫌だけを見て生きるようになっていた。少しでも気に障れば殴られ、蹴られ、怒鳴られる。まるで動物以下の存在だった。

当時は「洗脳」という言葉すら知らない。

ただ、咳払いひとつで背筋が凍り、足音だけで心臓が跳ね上がる毎日だった。恫喝されると頭が真っ白になり、「殴られないように」と体中の神経が暴れ出す。

「お前は馬鹿だから喋るな」

そう言われ続け、半年以上ほとんど言葉を発せなくなったこともある。自分の考えも感情も、全部閉じ込めた。


乳飲み子を抱え、陸橋の上から走る電車を見下ろしたことが何度もあった。

このまま飛び込めば終われる。そう思っていた。


けれど腕の中の子どもが、無邪気な声で笑う。小さな手が私の服を握る。すると飛び込むことができず、泣きながら家へ戻った。

死ねないなら、いっそ心が壊れてしまえばいい。

本気でそう願っていた。


そんな結婚生活が終わったのは、皮肉にも「全身打撲・全治三か月」という大怪我がきっかけだった。離婚してもなお同居を強いられていた私たち親子を動かしたのは、子どもの一言だった。


「お母さん、逃げよう」


その言葉で、止まっていた時間が動き出した。


それから三十年。

壊れた心が少しずつ痛みを感じられるようになるまで十年以上かかった。そして、自分を「人間」として取り戻すために、さらに長い時間を費やした。

今は、自分の傷を見つめることができる。

過去を語るたび苦しみは残る。それでも、もう自分を消したいとは思わない。

人は、どれほど傷ついても再生できる。

時間はかかる。簡単ではない。けれど、傷ついた分だけ、人の涙や痛みに気づけるようになる。

私は今、その経験を生かし、心に関わる仕事をしている。

誰かの涙を拭い、誰かの傷に寄り添う。あの日、生き延びた自分だからこそ届けられる言葉がある。

思い返したい人生ではない。

それでも今なら言える。


人生に、無駄な苦しみはないのだと。


そして、生きてきたことには意味があったのだと。


会員の声 ~私たちのストーリー~

私たちの団体には、さまざまな環境の中で子育てをしているひとり親の方々が集っています。

ひとり親家庭といっても、その暮らしや悩み、喜びは一人ひとり異なります。今回、会員の皆さんから寄せられた体験や思いをストーリーとしてまとめました。

それぞれの声を通して、ひとり親家庭への理解が少しでも深まり、誰もが安心して子育てできる社会について考えるきっかけとなれば幸いです。


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