「離婚してよかったね」と言われた日
4人の子どもを育てながらの結婚生活は、いつもギリギリでした。長女14歳、次女11歳、長男9歳、次男6歳。子どもたちが小さい頃から、家事も育児も、ほとんど一人で担っていました。
夫は育児に積極的ではなく、生活に余裕がない中でも、タバコもお酒もやめない。お小遣いの3万円では足りず、借金までしていました。
「習い事くらいはさせてあげたい」そう思って、私は仕事の時間を増やしました。毎日仕事をして、家に帰れば家事と育児。疲れ果てているのに、隣では何もしない夫がいる。気づけば、「もう全部終わりにしたい」と思うほど、心が追い詰められていました。
子どもたちを車に乗せながら、「このままどこかにぶつかったら楽になれるかな」そんな考えが頭をよぎったこともあります。「私が消えた方がいいんだ」と思う日もありました。
今振り返ると、子どもたちの運動会や学校行事の記憶がほとんどありません。それくらい、毎日を生き抜くことで精一杯でした。
何度も話し合おうとしました。でも、長い年月で積み重なった不信感は、簡単には消えませんでした。
そんな時、父が亡くなりました。父は結婚には反対していましたが、それでも会うたびに「旦那さんを大事にしなさい」と言っていた人でした。その父を失った時、自分の心が限界に近づいていることに気づきました。
「仕事も、家事も、育児も、一人でやっている。だったら、もう自分を壊す前に前へ進もう」
子どもたちには申し訳ない気持ちもありました。それでも、離婚を決意しました。
一番つらかったのは、子どもたちに伝える瞬間でした。「引っ越しするよ」そう話した時、子どもたちは当然、お父さんも一緒だと思っていました。「パパは行かないよ」その言葉に、子どもたちは大泣きしました。
それでも、離婚後、少しずつ生活は変わっていきました。不思議なくらい、心が軽くなったのです。
「頼れる人がいるのに頼れない苦しさ」より、「最初から一人で頑張る」と決めた方が、ずっと楽でした。
子どもたちが小さい頃は、月に一度は外食に行けるくらいの余裕もできました。家の中に笑顔が増えていきました。
今では子どもたちも成長し、父親とは2か月に一度ほど会っています。それは今でも分かりません。
でも、離婚して1年ほど経った頃、一番上の子に言われた言葉があります。
「ママ、離婚してよかったね。毎日楽しそうだし、外食も行けるようになった」
あの頃の記憶は、正直ほとんど残っていません。ただ、その言葉だけは、今も心に残っています。




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